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旅するように暮らすミニマリストのブログ

定住せずにいられる理由とトランク1つのミニマリストになれた理由と感謝

トランク1つの荷物だけで暮らせるくらいのミニマリストになり、引越しも25回を超え 海外も頻繁に行き、長期間海外放浪したり、海外に暮らすことにしたり、行き当たりばったり、行きたい時に行きたいところに行く贅沢な生活をもう何年もしています。

こんな風に自由を謳歌して暮らせるのは、私が何か特別なことをしているわけではなく、ただ環境に恵まれているからにすぎません。

私がこうやって暮らせる一番の理由は「帰る場所がある」ということ。ここでいう私の帰る場所は”実家”です。

もし、この帰る場所がなければ本当の浮浪者。気持ち的にも今とは全然違うと思います。 こんなに国内外行きたい放題行くことに積極的になれていないはずです。 帰れる場所があることがどれだけ強みであり、心強いことだったか、どれだけ守られてきたかを書いていきます。

何かに挑戦できる当たり前だと思っている生活は、誰かが守っているおかげかもしれません。環境があるのに、勇気がないだけ、素直になれないだけで挑戦できないのは、もったいないような気がします。

帰る場所があるという強み、心強さ

私の家族は、私に甘いです。フラフラしていても、それを心配はされますが、いつでもこんな私を受け入れてくれます。

そして「幸せならそれでいいよ」と割と放任してくれます。そこに甘えて、実家に当たり前に頼ってきました。その様子を記載しています。

移住時・・病気になっても安心

2013年頃から途上国暮らしをはじめて1年後の2014年。ある日突然、天井が回り続けベッドから全く起き上がれない恐怖と不安と悲劇を味わいました。ずっと調子が悪くても平気だと言って(思ってた)暮らしていたので、身体が最終警告を出したという感じでした。そして、検査のため日本に帰国し、実家に戻りました。

静かな場所でゆっくり誰にも邪魔されずに眠れる、ご飯もお金も心配ない、ご飯が信じられないくらいほど美味しい、食中毒の心配もない、明日倒れても見つけてもらえる、声を上げたら誰か来てくれる、そっとしておいてくれる、清潔な部屋がある、気持ちの良い景色もある、辛かったら何もしなくてもいい、水はひねったら出てくる、水道水が飲める、お湯も出る、暑くてもクーラーがある、脱水にもならない、うわさもされない、言葉も通じる、空気も読んでもらえる、医者もある、医療も整ってる、大自然もある、空気がきれい・・もうすべてが地獄から天国でした。

あの頃は辛すぎて、必死で、実家があることが当たり前すぎてありがたさに気がつかずに感謝もできなかったですが、今思うとあの安堵は一生忘れないし、何度感謝しても感謝しきれないくらい感謝しています。

帰る場所がなかったら私はどうなっていたんだろう。ボロボロの身体と判断能力も最低ライン以下だった私が、かえるところも頼れる人もいなかったら、野垂れ死んでてもおかしくなかったんじゃないかと思います。九死に一生を得たのは、帰れる場所があったから、どこかでそのセーフティーネットがあるから大丈夫という気持ちがあったから、思い切って海外生活ができたのかもしれません。

※片耳の三半規管が狂っていたことが発覚したのですが、原因はストレス。日本に本帰国した今は元の元気を取り戻しています。その他の不快症状(不眠、ひどい胃腸障害など)もなくなりました。

一人暮らしするとき・・一人暮らしも可能

一人暮らしも当たり前にできるってことはありません。誰か自立している家族、もしくはそのくらい信頼している人が保証人になってくれてできるのです。当たり前にどこでも借りられるわけではないのです。

また、一人暮らしのつなぎ目でいくところがなくても、無条件でいていいって言ってもらえるのは実家だけ。そんなに簡単に友人には頼れません。パートナーがいたとしても、なんとなく言えません。

いつもありがとう。

旅人時・・とりあえずの場所

旅をするときは仕事をやめていくことが多いです。なので一人暮らしもシェアハウスも退去していきます。なので、行く前、帰国時、とりあえずいる場所が実家。

一人暮らししていると家賃が発生したりしますが、それもありません。

帰国後に住むところが旅立ち前と同じ場所とも限りません。だから、退去してからの方が都合がよかったりするのですが、実家がなかったら、退去の選択肢がこわくてできなかったかもしれません。

「退去してから旅立つ」と言う選択肢を選べるのは、帰る場所があるおかげ

転々時・・ 国内外どこでもあちこちいっているときの住まい

家賃も発生無し なのに最低限以上のモノがあり、さみしくもない、そして楽。そして、 郵便物も確実に届く。転々としていても、戻ってくるところがなかったら辛いだけだった気もします。

実家は、ここに戻れば何でもあるし、余裕で生きていける、さらに、いつでも戻れるという都合のいい場所。家族はいつでも迎えてくれるので気負いもしない。この恵まれた環境は「モノも減らしても、生きていける」という確信となりました。だからこんなにもモノを減らせたんだと思います。

ワーカホリック時・・疲れた時の休息場

ワーカホリックで、しかも仕事がうまくできない新入社員の不器用な頃。寝る時間もなく(寝ないからダメなんでしょ・・・と言いたい)、遊ぶ時間もなく、オンナでいることも忘れ、男性ホルモン大放出で身も心もボロボロになりながら働いていました。だいたいそんなのはもちません。そういう時に泣きつき先は実家。

都会(東京)生活に耐えられないと思った時に戻るところは、帰りたい落ち着く場所。大自然しかない静かな地元でゆっくりして充電してから、また東京(戦場)へ繰り出していました。

常に100パーセント以上の力で生活していた私にとって、あの時に帰る場所がなかったら、と思うとぞっとします。自分の頭で考えることをしないで、ただやみくもに走り続けていたバカな新人時代でした。

自立時・・心のオアシス

上に同じですが。たまに帰ってきて、やさしさに触れます。 美味しいごはん、無条件の愛情に触れられる場所です。

真冬の寒い日に疲れ果てて帰ったときに洗いたてのシーツ、暖かい布団、湯たんぽ、暖かい部屋が私のために用意されていた時を思い出すと、いつでも泣きそう。寒くてしょうがなかったので、胸が熱くなったことを思い出します。

帰る場所は、その”人(達)”のいるところ

帰る場所というのは、土地と言うより、家族だったり大事にしあえる人がいる場所のことだと思います。例えば、実家が変わっても、家族や親がいる場所があれば、そこが帰る場所、帰りたい場所。

大事にしたい人、大事にしてくれる人、一緒にいてくれる人がいる限り、帰る場所が存在するということ。

当たり前に家族がいて、当たり前にむかえてくれて、当たり前にその場所に住んで、当たり前にその場所を守って、そこに行ったときは当たり前にそっと見守ってくれている、 さらにいつでも笑顔で迎えてくれる、帰る場所でいてくれることに感謝しかできません。

出ていくより、見送る方がつらいのに、いつもいつも大人になってもそれに甘えさせたもらいました。

広めることより、深めることを大事にしていきたい

あちこちと新しい刺激を求めて行っていましたが、今一番求めるのは、この平和な日常がなるべく長く続くこと。それを大事な人たちと沢山共有すること。刺激よりも、大事な人たちと過ごす時間の方が圧倒的に優先度が上。当たり前の日常の中でささやかな幸せをたくさんみつけ続けたいのです。

安心と自由を与えてくれた大事な人たちと共に、あと何度会えるかわからない人たちと過ごす時間を大事に、日本で過ごしたいという気持ちが強いです。

いろんなところでいろんなことをしてきました。行きたい時に行きたいところにに行きたいだけ行き、したいこともしたいだけしたい放題しました。それはとても楽しくいろんな広がりが持てました。世界中に友人ができ、多様な文化を肌で触れ、経験も出来るだけ広くしてきました。

でも、もう今は大事な人との日常を深めていくことを一番にしたい、と思っています。

大事な人の帰る場所になりたい、そういう場所を作りたい

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※2013年4月 エジプトの砂漠で野宿中の写真

最近は、海外移住どころか旅行も興味が薄くなりました。日本の日常がたまらなく愛おしくて楽しいのです。 海外暮らしが過酷だったのもあるけど、いろんなところに行って(そんなに多くないけど)吸収すべきものをしたのかなとも思っています。

中期以上の旅も移住をもうしたいと思わなくなりました。旅はしたいけど、たまに短期間でいい。もしくは仕事かミッションで行っているくらいがいいです。

今後は、帰る場所を作り、私が帰る場所になりたいです。  ささいな幸せな日常を共にできる人と一緒にいて、その人の帰る場所でいたいし、そんな場所を作っていきたいのです。

そう考えた時、これって大事な誰かとともに家庭を作っていきたいってことだなと思ったのです。

人間も生物。つがいになって、子を産み育てる循環にいる。そのメカニズムがようやく乗っかりたくなったのかなと思っています。

「一番いたいと思えるところを見つけたい」とあっちこっち行き続けた結果

行きたいところにいき、住みたいところに住み、自分が一番いいと思えるところをみつけて住もうと思っていました。定住地は最高の場所でと考えていたのです。

それがようやくどこかわかりました。

「大事な人の隣」です!!!!!!!!

どんなに素敵な場所に行ってもそれを共有できる人がいないのはなんだか寂しくなっていました。素敵な景色に出会った時、「ああ、あの人とこの景色みたいな」と思うことが増えました。

と同時にどこにいるかより、誰といるかが大事なんだなと思えるようになり、自分なりの居心地の最高の場所、定住したい場所の結論が「大事な人の隣」となったわけです。

自分の中で結論が出て、準備ができたようなので、私なりの順序で次のステージへ登っています。