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相手に愛情を押し付け、見返りを求め、依存する恋愛偏差値マイナスからの変革

10代後半~20代前半、男性に尽くしているのに選ばれないという恋愛をしていました。 なんて不幸なのかと思って悲劇のヒロインぶっていた頃もありますが、今は、あの頃は自分でその状態を作っていただけで、自業自得だと分かります。

恋愛に不器用なのもあるかもしれませんが、それよりも捻くれた自己愛だったのもしれないと思います。その理由をあげました。

相手に尽くす人の勘違い

ひねくれた自己愛だったのかもしれないと思ったのは、見返りを求めて尽くしていたから。 これだけ尽くしたから、あなたも愛して的なサムシング。

今思うとそれは尽くしていたわけではなかったと思います。相手はそれを求めていないし、喜んでいたのかも疑問なので、ただの一方通行の愛情を押し付けていただけ

尽くしたら相手からも尽くされるとどこかで思っていたことも、愛情の押し付けという名の尽くし方も勘違い・間違いでした。

大事にしてもらおうという傲慢さ

自分を大事にしていない人のこと私でも大事にできません。

「これ好きじゃないから大事にできないんです」と差し出されたものより「これ大事なモノです」と差し出されたものの方が持ちたいし、大事にしたいと思うのは当然。 大事に扱われる人(物)は自身を大事にして(できて)います。

そして、誰かに幸せにしてもらうために尽くすより、1人でいても幸せになるように自分に尽くす方が、自分のためにも周りのためにも良いし、健全。

さらに、他人より自分の方が何が好きか何していると楽しいか等、自分のこと知ってるから、人にそれを託すよりも確実。

今ではこの当たり前のことがわかりますが、昔は一切わかっていませんでした。自分で自分を認めてあげられないから、幸せにしてあげられないから、他に幸せにしてもらおう、大事にしてもらおうと求めていたのです。

ダメんずを育てる

最近は自分を大事にすること、ハッピーかどうかを基準にしているので、恋愛も楽になりました。

好きになりそうだとしても、大事にされなそうならそこを去れるようになりました。異性はたくさんいるし、大事にしてくれる人が他にいるのだから、その人たちにそのエネルギーを使いたいから。大事にしてくれない人を大事にしたいと思えません。

でもこのころは、大事にしてくれた人よりも、都合のいいように扱う人を選んでいました。いや、今思うと、そうダメに育てていたのは私で、自分がただサゲマンだったんだけです。

自分を無下に扱う人が人からもそう扱われるのも、尽くしているつもりで愛情の押し付けをされただ鬱陶しいのも当たり前。

マイナスのことをしない恋愛

愛情の押し付けをする恋愛も、自分の幸せを人に託す恋愛も、自分を大事にしない上での恋愛も、自分も相手も不幸にするだけ。

愛情を押し付けるのではなく、思いやって本当に相手の必要なことで尽くすこと、自分の幸せを人に託さず、依存せず、自分一人でも心地よくいること、それができたらいいですが、難しいなら愛情を押し付けない、自分の幸せを託さない、マイナスなことをしないだけでもいい恋愛はできると思います。

少なくとも、自ら不幸に飛び込み、周りまで不幸にする人ではなくなります。