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旅するように暮らすミニマリストのブログ

元気は正義!最高基準の健康の定義を意識して、自分で病気を治し、健康を管理する

一生自分とともにあり続けるモノ=自分の身体

それに代わりはありませんし、時に壊れ(健康を害し)、壊れたら再生に時間やお金、労力がかかるもの。

そんな身体だからこそ、健康であるために普段から努力することは何よりも必要なのだと思います。

Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり、たんに病気あるいは虚弱なことではない」

WHOの健康の定義

 大事なことは予防・健康管理

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至上の医学は間違いなく「予防医学」である

国際協力師になるために

病気は、日々の無理が重なった結果起こるものも多い気がします。

痛い、苦しい、不便、辛い病気はならないのが一番良いのですが、予防できることもたっくさん。

時に専門家の手助けを借りて、自分でも勉強して、日頃からの積み重ねが大事な気がします。

それでも、おかしくなったときにだけ、信頼できるお医者さんがたよりたいですね。

 

お医者さんは、病気を治すことで感謝されますが、きっと感謝されなくても誰も病気にならず苦しまないことを望んでいるはずです。

病気を治すのは自分

ドクターや薬、あらゆる医学は、健康になる助けはしてくれているけど、治らない場合があります。

 

特に、本人が治すって思っていない時、完全に外に頼って、人任せにしている時はまちがいないように思います。

 

病は気からというように、本人が治すやる気もないのに治るわけもないんじゃないかな。

 

「自分の意思を持って、治すと決めて、苦しい時は前を向いて生きる」

病を治すのも、より良い生活を送るのと同じように、これが大事なんじゃないかなと思います。

 

私が一昨年体調を崩していた時、誰かに頼るの(頼って欲しいと言われ、多分共依存だった)をやめ、自分で治す!そのために今できることにただ集中する!前を向く!歩けるだけ歩く!と強く決め、行動していったらどんどんとよくなりました。

 

最終的には以前の状態よりも特にメンタルのあり方や考え方が変わって、一皮むけた人(薄皮だとしても)になった気もしています。

 

難なく治っていたのなら、患ってしまった時は病院に行き、ドクターに頼り、治らなければヤブ医者だと言うような人になっていたと思います。

 

今は、病気は自分で治すもの、病気にならないために予防や身体の管理は自分でするもの、だと思えるようになったし、ここちよく暮らせる日々が愛おしくも感じています。

 自己犠牲は何を生むの?健康を害すことはあっても、健康はうまないんじゃない?

自己犠牲的に頑張ることは美しいとも言われますが、そんなに頑張っても喜ぶ人はいるんでしょうか。

私なら、リスクを負ってまで助けてくれなくていいよ、って思います。

適度で、余裕のある程度でいいよと。

 

無理しても、結局迷惑をかけることになったり、うまくヘルプできなかったりするし、無理して何かしてもらって、その人が健康を損ねてしまうのは誰も望まないと思うから。

誰かの幸せを願うなら、誰かを救いたいのなら、まず自分の健康を管理する

一生死ぬまで付き合っていく身体、何よりも大事にして、それが保つことは、自分と周りの幸せにつながると思っています。

 

健康だとそれだけで気持ちがいいし、周りもそれを見て希望を持つかもしれない。

 

元気であるほど、より多くのことも出来る。

 余裕を持って誰かに手を差し伸べられるし、結果的に自己犠牲で誰かを救おうとしていた頃より効果的かつ大きなことをできるかもしれない。

 

元気であることは正義

 

何かに貢献したいという気持ちがあったら、まず自分の心身共の健康とそれを管理する能力を持つことは大事です。