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旅するように暮らすミニマリストのブログ

やりたくないことをやめる ~やらないで欲しい理由~

去年、こんな出来事がありました。

本業が忙しかった私は、ある頼まれごと(有志=ボランティア)を断りました(一番大変な日だけ手伝いますってことにしました)。

やらなくても問題でもないし、他にやりたいことが山積みだった私は優先順位も低め。

やりたくなければやらなくていいし、やりたい人がやってくださいねって周りも言っていること。

と、私も思っていて、万が一誰もいなければやらなければいいだけ、と思っていたので、放っておきました。

 

そうしたら、いつの間にか他の人たちの手で完成されていました。

 

と、ここまではいいですが、ちょっと様子がおかしいのです。

完成させてくれた人たちの一部が、当日だけ手伝いに来た私にイライラ全開、もしくは気まずそうな態度で接してきたのです。

 

その出来事から、やりたくないことをやっていいことなんてないな、と思ったのでした。

一番やりたいことから、やってればいいんじゃないかなと。

 

その理由は以下の通り。

 

1)余裕がない人は見ていて苦しい&こわい

おそらく、完成させた人たち、他のやりたいことを犠牲にしたり、まったく余裕がないくらい頑張り過ぎたのです。

それをやらなきゃならない理由なんて特になく、仕事でもないのにやって、余裕をなくしていただけです。

 

「そんなに忙しいならやらなきゃいいのに」「完璧にやらなくても・・」と思いつつ、普段通り接していましたが、オーラがピリピリしていてこわいのです。

なので、あまり近づかないようにしていました。

 

ピリピリしたり、余裕なさそうな人に近づきたいっていう人って、いるんでしょうか?見ていてこわいし苦しいだけだと思います。

 

誰もそこまでやってほしいと頼んでもないのに、余裕なくすくらい頑張るのは、しなくていいというか、して欲しくないです。

 

2)うまくいかない

余裕なく動いて、他人にイライラし、その人もいい気持ちではいられないので、関係が悪化し、いろんなことうまくいかなくなります。

結果的に、自分もつらい(みていて辛そうでした)、手伝ってない人(義務でも仕事でもないんですが)にあたり、関係悪化というスパイラルに。

 

やらなくていいこと、やりたくないことをやらなかっただけで、関係悪化って・・・え・・!?おかしくない?

 

3)時に迷惑

そんな大変なことを、嫌ならやめればいいものを、なぜやったんだろうと、自分の経験もふまえて考えてみると「ちゃんとやる、いい人でいたい、そう思われたい」という気持ちが根底にある気がしました。

私の経験的に、そのエゴ(いい人って思われたい)が行き過ぎると、人を不快にさせるだけでなく、迷惑をかけることがあります。

私は、頑張りすぎ、疲労し続け、倒れ、多大な迷惑をかけたのです

 

 

4)やらないほうがうまくいく

やりたくないことをやりたくないって言えれば、やらなくて済んだし、余裕も持てる。いろんな人との関係も平和に終わります。「私やりませーん」というのが気まずくてもそれで平和に行けるなら、何を思われようがそっちの方がいい気もします。

 

いい人でいるより、やりたいことをやる。

そうやって自分の気持ちに素直になれば、他人のそういう気持ちも尊重できるし、結果的に物事はうまくいくのではないでしょうか。

 

やらなくないことをやって迷惑って、誰得にもならない!

 

何でもかんでも仕事を受け入れてしまう人が、結果的に体を壊すまでいろんな仕事を請け負ってしまうのも似たような感じだなと思います。過去の自分です。 

 

「人のためになりたいのなら、まず自分のために尽くす。
人に優しくしたいならまず自分から。人を愛したいならまず自分から」

 

逆に、自分がやりたくないことをやっていたら、他人にも強要してしまうかもしれません。自分に尽くせないなら、人にも尽くしようがないと思うし、自分を愛せない人が、どう人を愛せるのかも、私にはわかりません。

 

 

だから、やりたくないことなんて、やらなきゃいいのです。

ただ自分がやりたいことを、やればいいだけだと。

 

みんなそれぞれやりたいことだけやっていても、世の中まわると思います。

というか、そっちのほうがうまくいくかと。

 

無駄なこと(やりたくないのにやって複雑になってること)が多すぎる気がします。

 

私が天国だと思った場所の共通点は「それぞれのやりたいことを、やりたいようにやっている」です。

 

そんな世界が広がったらいいなと思います。