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旅するように暮らすミニマリストのブログ

食べ物で元気を保つシンプルな基準〜ベジタリアンやマクロビを経て見つけた自分基準〜

健康は死守したいので、食に気をつけたいと思っても、料理が得意なわけでもなかったし、ズボラだったので、ベジタリアンもビーガンもマクロビもかじろうとして(ちょっとかじって)やめました。

そんな今の食へのこだわりがあるとすればただ一つ
「食べたいものを美味しく食べる」
だけです。
誰と食べるか、どこで食べるかで美味しさは変わるので、それをひっくるめて美味しく食べる、です。

美味しく食べるだけで、栄養の吸収力上げてくれると思うから。
(人間の身体の力を信じたいし、信じているので)

寒い日の豚汁ほどカラダに染みるものはないし、暑くて喉カラカラの時のココナッツジュースも最高だし、遠足の日のお弁当は冷凍食品が入っていても美味しくて美味しくて・・
なおかつ、必要なものが瞬時に全身に行き渡ってる感じがします。
豚汁をサウナで食べたり、3リットルくらい水飲んだあとにココナッツ飲んでも、お弁当が自分で買ったコンビニのパンだったらきっとここまで美味しく感じないでしょう。

こういうことを思い出しても、何を食べるかではなく、美味しく食べることが大事なんだと思いました。

ベジタリアンだった頃、無理してベジだったわけではないですし、小さい頃から菜食だったので体調も良くなったのか悪くなったのかは不明ですが、不便はたまにありました。

外食にいくとお腹を壊しやすくなったのです。
よく壊すので、お腹を気にして食べるのを楽しめなくなったりもしました。
誘ってくれる人に気を使わせていたかもしれません。
途上国生活では、体力が持ちませんでした。生きてるだけでものすごくエネルギーを使う場所ではお肉は必要なのかもと感じました。
(私を指導してくれた医療関係者は元気でしたが、ベジタリアンだったので、肉なしでもちゃんと管理できればどこでも元気なのかも)

こういうことがあって、食の管理はうまくできないし、世の中に食の正解、不正解が色々ありすぎて、もう何が何だかわからなくなりました
こだわったほうがいいのか悪いのか、もうわからなくなりました。

混乱した結果「好きな時に、好きなものを”美味しく”食べる」これで十分という今に至りました。

物凄く楽になりました。
気にせず、外食に行けます。
ズボラですが、料理の幅が広がりました。

インドはどこにいってもベジな料理が選べます。
選ばなくても、好きなのを注文していてもベジが多いです。
そんなこの国にきて、気がついたら最近肉を食べた記憶がありませんでした。
肉なくても肉肉ってならないくらい食に満足してるし、体調もいつもな感じ。
(そのあと肉肉って求める日がきましたが、一時的)

肉ももちろんあるけど、食べたいものを選んでいたら自然とベジが中心の生活でした。
これが日本でも、自然と野菜中心だと思います。

また、今私はパパイヤにはまっています。
小さければ1日1個以上、大きくて2、3日で1個食べます。今も3つ家にあります。
そのパパイヤについてなんとなく調べた結果
・消化力を助ける
・栄養豊富
・肝臓の解毒酵素の働きを助ける(解毒力が高い)
とありました。
デトックス中で、消化器官が弱くなっていて、食べる量(回数)も少ない今の私に必要なものが詰まっていました。

自然と自分に合いそうなものを選んでいたのです。
別にそこまでこだわらなくても、食べたいもの食べてたらいいんだな、と確信しました。
もうちょっと自分の感覚を信用しようとも。

「美味しく食べられるもの=求めるもの=今自分が必要なもの」かな、と今は思います。

こういったことを経て「今自分が食べたいと思うものを、美味しく食べる」が私の健康食のスタンダードとなりました。

ただ、それを選ぶ感覚が麻痺していたら、食べ過ぎたり合わないものを食べていたりするので、感覚は鋭く、そのために感覚をピュアに保っていることは必要。

何を食べるかだけにこだわるより、美味しく食べる方法も見つけていけますように。