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旅するように暮らすミニマリストのブログ

狭いコミュニティだけの常識をすてて、柔軟になる

自分の持っている常識は、誰かの非常識であったりします。 逆も然りです。 同じコミュニティの中にいると気がつかないけど、そこから外に出るとそれが仇になります。

そこで思ったのは常識人よりも柔軟な人が自分にとっても周りにとってもよいということ。 柔軟な人とは、郷に入れば郷に従える人、その郷の常識にも対処できる人。

日本で常識人でも海外へ行くと通用もしません。 自分も異なった常識の中に入ると辛いですし、今まで持っていた常識を現地の人に押し付けるのは、相手にとって迷惑だし、ただのエゴでしかないです。 でも、押し付ける方は、その通りにいかないとイライラして、双方にとっていいことがないです。

書いていると、そこに入ったあなたが合わせればいいだけ、と理解はできますが、実際に入ると、エゴの押し付けを知らないうちにやっています。 そして、イライラして、コミュケーションをおろそかにして、冷静になって反省するというサイクルを繰り返していました。

わかってはいてもどこかの常識人は、異なるところでは非常識人に容易になりうるのです。

大きく見たら、柔軟性のある人の方が、ある一定のコミュニティだけで常識人と言われる人よりもずっと常識的です。 固定されたコミュニティでも常識だけにとられずにいられる人、外ではそこの常識に柔軟に対応できる人は、どこにいっても自分も周りも楽で、もっとタフなことができるのです。

そのコミュニティの中で一生いたいと思うならそれでいいと思いますが、もっと広い世界へいきたいと思うのであったら、日常の常識を疑って生活すると、新しい世界へ行った時楽かもしれません。

–まとめ– 固定されたコミュニティでの常識にこだわる人よりも、大きな世界での常識人(柔軟な人)に・・